三好 達治
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音 空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるおひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ
(詩集『測量船』から)
学生の頃たびたび京都・奈良の古寺めぐりをした。この詩を読むとその頃の想い出が甦ってくる。竜安寺や金閣寺などのメジャーな寺は開門すぐに行くと静かに見て回れる。石庭を前にして座し、瞑想しているかのようなポーズをとってじっと眺め入ったりしたものだ。仏像はもちろん庭も、まるで美術品を鑑賞するような感覚で眺めていたような気がする。古寺は建物だけでなく全体の佇まいが、人をしっとりとした気持ちにさせる。しめやかに語らい歩むのは、歴史の重みと厚みが知らず知らずの内に心の中に入り込んでくるためなのだろう。